相撲の日本人大関と現在の大関は?

現在、相撲の地位で最高位は横綱、2番手が大関ですが、以前は大関が最高位でした。

今回は、角界2番手の地位である大関について解説したいと思います。

また、現在の大関、大関を陥落した力士、今後大関になりそうな日本人力士にについても調べてみました。

 

大相撲の番付 横綱と大関とは?


出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/

横綱と大関

古来、横綱という地位はなく、江戸中期までは力士の最高位は大関でした。

関取の中で特に優れた力士のことを「大関取」といい、大関の語源になったとされています。

寛政元年(1789年)、優れた力士に横綱(しめ縄)をまく免許を与え、土俵入りを行ったのが横綱の始まりです。

大関の上の地位として横綱が誕生したのは明治42年(1909年)のこと、それまでは横綱は名誉の称号であり、江戸時代、純白の綱を腰に締めて土俵入りしていたのは大関だったのです。

大関に昇進するには

力士は勝ち星を積み上げることで、三役の小結、関脇まで番付を上げることができます。

しかし、大関になるには、それだけでは昇進することはできません。

三役の地位で3場所連続して好成績を残すことが条件です。

目安は3場所で33勝以上の勝ち星となっています。

さらに横綱になるためには2場所連続優勝、もしくはそれに近い成績が求められます。

横綱と大関の給料

力士が月給制になったのは昭和32年(1957年)5月からです。

当時は横綱が15万円、大関11万円、横綱は大関の約1,36倍です。

現在は横綱が282万円、大関が234万円で、その差は1.2倍程度に縮まっています。

さほど差がないので少しびっくりしました。

大関になると

大関になると、今までにはない特権が与えられます。

 

・飛行機がファーストクラスになる

・電車はグリーン車

・両国国技館に自家用車の乗り入れが可能

 

しかし、大関は横綱に次ぐ大相撲の看板、やはり大きな責任を負うことになります。

大関という地位を維持するには常に勝ち越ししていなければなりません。

また、ファンからは長く大関でいることではなく、横綱へ昇進することが期待されます。

 

大関から陥落した力士


出典:https://matome.naver.jp/
横綱になると、負け越しても、休場しても番付が下がることはありません。

しかし、大関には陥落のルールがあります。

大関陥落に関するルール

以前は「2場所連続して負け越し」で大関陥落だったルール。

昭和33年(1958年)から、大相撲が年6場所制となり、過密な本場所日程が考慮されて、「3場所連続して負け越し」したら大関陥落というルールになりました。

しかし、それでは少し甘すぎるのではないかとして、昭和44年(1969年)に、以前の「2場所連続して負け越し」にルールが戻りました。

同時に直後の場所で10勝以上あげれば大関に復帰できるという特例もできました。

カド番大関とは

大関の地位で負け越しする、もしくは休場を余儀なくした場合、翌場所はカド番大関と言われます。

カド番大関は、勝ち越ししないと大関の地位から陥落することになります。

負け越したり、休場することになると、翌場所は関脇から再出発することになります。

ルール改定以降の陥落大関

昭和44年(1969年)以降、大関から陥落ししたものの、復帰することができた力士について調べてみました。

 

●魁傑→翌場所7勝8敗で負け越すも、のちに大関に復帰、しかし、再度大関から陥落。

その後も横綱、大関と名勝負を繰り広げますが、大関に復帰するにはいたらず、前頭9枚目の地位で引退しました。

●三重ノ海→翌場所10勝5敗を上げ、特例で大関へ復帰。のちに横綱まで昇進しm横綱として2度優勝を果たしました。

●貴ノ浪→翌場所10勝5敗を上げ、特例で大関へ復帰しています。

大関として2度優勝がありますが、復帰直後、2場所連続して負け越し。

その後は復帰することはなく、前頭13枚目の地位で引退しました。

●武双山→新大関の場所を途中休場、翌場所も負け越して陥落してしまいます。翌場所10勝5敗を上げ特例で大関へ復帰。

しかし、優勝争いに絡むことなく、大関の地位で引退しています。

●栃東→2度特例で復帰、大関として3度優勝、2度目の復帰後にも優勝を果たし、大関の地位で引退しています。

 

琴奨菊という大関について


出典:http://dekitamon.net/

栃東の優勝から10年ぶりに日本人力士として優勝を果たした元大関・琴奨菊。

琴奨菊は、高校を卒業した平成13年(2001年)1月場所で初土俵を踏み、順調に番付を上げ、平成16年(2004年)7月場所に新十両へ昇進します。

この時、四股名を琴菊次から琴奨菊へ改名、平成17年(2005年)1月場所で新入幕を果たしました。

新入幕で5勝10敗と負け越し、十両へ陥落するも、翌3月場所で十両優勝、5月場所で再入幕となります。

その後は幕内に定着、常に三役、平幕上位で土俵を務め、平成23年(2011年)11月場所、大関として地元九州で錦を飾ることになりました。

 

しかし、その後は、膝のけがもあり、優勝争いに絡むことなく、勝ち越すのが精一杯だったり、カド番を何度も繰り返し何とか大関の地位を維持していました。

5度目のカド番で迎えた平成28年(2016年)1月で14勝1敗で初優勝を果たすのです。

日本出身力士として10年ぶりの優勝に、琴奨菊フィーバーが巻き起こりました。

しかし、綱取りとなった翌3月場所は8勝7敗と勝ち越しがやっと、優勝争いにも加わることなく終えることになります。

優勝から1年後の平成29年(2017年)1月場所は7度目のカド番を迎えます。

2度目の優勝が期待されましたが、5勝10敗で負け越し、大関から陥落します。

翌場所は10勝すれば特例で大関に返り咲くことができたのですが、惜しくも9勝6敗で終了。現在は平幕で土俵に上がっています。

 

日本人大関の奮起


出典:http://www.zakzak.co.jp/

大関昇進から5年で初優勝を果たした琴奨菊に対し、同じ日本人大関の稀勢の里、豪栄道が奮起したのは言うまでもありません。

モンゴル人横綱3人、そして照ノ富士が優勝して大関に昇進するなど、モンゴル人力士が席巻する中、ダメダメ日本人大関3人衆(当時個人的にこう呼んでいた)が別人のように強くなったのです。

琴奨菊が優勝した後、3月場所では豪栄道が12勝3敗の好成績で終盤まで優勝争いに加わります。

7月場所で負け越し、カド番で迎えた9月場所は15勝全勝で優勝を果たすのです。

 

また、稀勢の里は、常に優勝争いに加わり、平成29年(2017年)1月場所で14勝1敗で初優勝、横綱への昇進を決めました。

3人の大関は現在、それぞれ違う立場で相撲を取っていますが、琴奨菊の優勝があったからこそ、稀勢の里が横綱になり、豪栄道が初優勝を果たしたのではないかと思います。

 

現在の二人の大関


出典:http://topigoo.com/

現在、二人いる大関は共に日本出身力士です(高安は母親がフィリピン人のハーフですが、日本国籍です)

豪栄道

相撲の名門、埼玉栄高校出身、日本大学への推薦入学が内々定していたものの、辞退、境川部屋へ入門します。

平成17年(2005年)1月場所で初土俵、翌3月場所に序ノ口、7月場所に三段目、11月場所幕下と、全て7戦全勝で優勝しています。

翌年の9月場所で2度めの幕下優勝を果たし、翌11月場所で新十両、四股名を豪栄道と改名します。

平成19年(2007年)9月場所で新入幕、14場所連続して関脇在位を経て平成26年(2014年)に大関へ昇進します。

そう言うと聞こえは良いのですが、何度も大関取りを逃しては関脇で停滞を繰り返したというのが現状。

大関になってからも、昇進3場所目にカド番を経験。優勝争いどころか、勝ち越しがやっとの状態でした。

琴奨菊と同じようにカド番を繰り返していましたが、カド番で迎えた平成28年(2016年)6月場所に全勝優勝を果たします。

翌場所は綱取りが期待されましたが、9勝6敗で終わり失敗、現在もカド番を繰り返しながら大関の地位で土俵に上がっています。

高安

子供の頃はリトルリーグに所属していた野球少年だった高安。父の勧めで中学卒業後に鳴門部屋へ入門します。

平成17年(2005年)に初土俵、稽古の辛さから幾度となく脱走を繰り返すも、平成22年(2010年)9月場所で幕下優勝。

翌11月場所は新十両昇進を果たします。翌年7月場所で新入幕すると、十両へ陥落することなく幕内で相撲を取ります。

平成29年(2017年)5月場所、2度目の大関取りに臨み、11勝4敗で翌場所の大関昇進を決めました。

大関になって2場所目でカド番を経験、翌場所は8勝5敗2休でカド番を脱出しています。

入幕してから特に目立った活躍もなかった高安がいきなり人が変わったように強くなり、大関に昇進したのは予想外でした。

今は、優勝争いに絡むことができないでいますが、いつかまた覚醒して優勝するようなことがありそうです。

 

次の日本人大関は誰だ!


出典:http://sumomemo.peparmintdiary2.biz/

現大関がなかなか優勝争いをすることがない状況で、相撲ファンが期待するのは次に大関に昇進するのは誰かということです。

現時点で大関候補と言われている力士を紹介します。

御嶽海

もっとも大関に近いと言われる存在の御嶽海は、東洋大学時代にアマチュア横綱となり、平成27年(2015年)3月場所、幕下10枚目格付出で初土俵を踏みます。

2場所で十両へ昇進し、新十両で優勝、11月場所で初入幕というスピード出世を遂げます。

昨年は6場所すべて勝ち越し、三役へ定着して土俵に上がっています。

※御嶽海は、父日本人、母フィリピン人のハーフですが、国籍は日本です。

北勝富士

御嶽海と同期の北勝富士は前相撲からスタート。序二段、三段目を全勝優勝。

御嶽海が新入幕を果たした11月に幕下へ昇進しました。翌年の7月場所へ新十両へ昇進。

翌9月場所で十両優勝を飾り、11月で新入幕、四股名を大輝から北勝富士へ改名しています。

平成29年(2017年)11月場所は西前頭3枚目の番付で11勝4敗、技能賞を受賞、初の3賞に輝き、時期大関候補として名乗りを上げています。

貴景勝

埼玉栄高校在学中に貴乃花部屋へ入門、平成26年(2014年)9月場所に前相撲で初土俵、11月場所は序ノ口優勝を飾っています。

翌年の初場所も序二段優勝、平成28年(2016年)3月場所で幕下全勝優勝し、翌5月場所は新十両へ昇進します。

11月場所で十両優勝、翌年の初場所で新入幕を果たし、四股名を佐藤から貴景勝へ改名しています。

入幕後は3賞を3回受賞するなど活躍しており、貴乃花部屋初の大関昇進が期待された若手力士です。

角界きっての人気力士たちは?

イケメン力士として人気の遠藤、スピード出世で将来を有望視されていましたが、膝のけがなどで番付を上げることができずにいます。

ただ、元々実力のある力士なので、体調さえ整えば、三役、そして大関取りに挑戦してほしい力士です。

 

最後にどうしても名前をあげたいのは宇良です。

昨年11月、九州場所後に膝の手術を受け、全治は3ヶ月と発表されていましたが、かなり大きな手術だったようで、木瀬部屋付きの稲川親方の話によると全治は7ヶ月と診断されているようです。

退院後は実家に帰り療養、現在リハビリ中で稽古はまだ先になるようです。

今復帰を急いでもいいことはありません。じっくりと怪我を治して復帰すれば、宇良の実力をもってすればいずれは幕内に返り咲くことができると思います。

初場所で平幕優勝を果たした栃ノ心も膝の大怪我により手術し、幕下55枚目まで番付を落としてしまったこともあります。

栃ノ心の優勝はリハビリ中の宇良にも励みになっているのではないでしょうか。

稲川親方も宇良を「コツコツとやれる性格なので」と称しており、将来的には大関候補と呼ばれる日が来るのではと信じています。

まとめ

大関は、常に陥落と紙一重の立場にいる大変な地位なのだと思います。

過去にも多くの大関が陥落しており、そのほとんどがそのまま引退を余儀なくされています。

大関だけでなく、相撲の世界は、厳しい世界であることを痛感させられます。

いろいろな問題が起きて大変な相撲界ですが、日本人力士だけなく、栃ノ心のような外国人力士から新しい大関が誕生し相撲界を盛り上げてほしいと思っています。

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