相撲 最強力士ランキング!最強力士は誰か?

その時代それぞれに、最強と言われる力士がいるものです。

今回は、そんな力士たちの中で真の最強の力士は誰なのかを調べてみました。

 



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数字でみる最強力士ランキング


出典:https://withnews.jp/

幕内優勝回数

・第1位:白鵬 40回

・第2位:大鵬 32回

・第3位:千代の富士 31回

・第4位:朝青龍 25回

・第5位:北の湖

幕内勝利数

・第1位:白鵬 972

・第2位:魁皇 879

・第3位:千代の富士 807

・第4位:北の湖 804

・第5位:大鵬 746

通算勝利数

・第1位:白鵬 1066

・第2位:魁皇 1047

・第3位:千代の富士 1045

・第4位:大潮 964

・第5位:北の湖 951

連勝記録

・第1位:双葉山(1939年) 69

・第2位:白鵬(2010年) 63

・第3位:千代の富士(1988年) 53

・第4位:大鵬(1969年) 45

・第5位:白鵬(2013年) 43

   

数字で見る最強力士は、白鵬ということになります。

しかも白鵬はまだ現役、まだまだ記録は更新されるのです。

白鵬が現在持つ記録は、未来永劫に破られることはないのではないかとまで言われるほどすごい記録なのです。

 



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最強横綱力士ランキング


出典:https://the-rankers.com/

記録とは別に、ファンにとって「あの横綱は強かった」と記憶に残る力士っていますよね。

ここでは、そんな横綱をランキングで紹介します。

第1位:千代の富士

端正なルックスと相撲の鋭さから「ウルフ」という相性で親しまれ、また力士として大きくない体で横綱へ昇進したことから「小さな大横綱」と呼ばれた千代の富士。

20歳で初入幕を果たすも、度重なる脱臼に泣かされ一時は幕下にまで落ちるなど、順風満帆な出世ではありませんでした。

千代の富士が強くなったのは30代になってから、脱臼しやすいという弱点を克服するため、トレーニングで肩に筋肉の鎧をまといました。

以前の投げ中心の取り口から左前みつを引き、一気に前にでる相撲に切り替えたことが功を奏し、関脇の地位で優勝します。

大関3場所目で優勝し横綱へ昇進、「千代の富士時代」を築きました。

優勝回数は31回を誇り、歴代3位、いわずと知れた昭和の大横綱です。

現役を引退する際の「気力・体力の限界」という言葉が印象的、自分にも人にも厳しかった千代の富士が最強と呼ばれるに相応しいのではないでしょうか。

第2位:大鵬

当時、子供の好きなものとして「巨人・大鵬・卵焼き」という言葉が流行したくらい大人気だった大鵬。

新入幕の翌年には横綱へ昇進するというスピード出世を果たし、優勝回数32回は白鵬に抜かれるまで長くトップに君臨していました。

大鵬はどんな相手と組んでも柔軟に対応できる強さを持っていましたが、逆に「型がない」とも言われたりしました。

また、「世紀の大誤審」と言われた事件の対しても「ああいう相撲をとった自分が悪いんです」とだけ語り、強さと品格のある横綱としてさらに評価を高めることとなりました。

第3位:北の湖

「憎たらしいほど強い」と言われるほど圧倒的に強かった北の湖。

13歳で相撲部屋へ入門、18歳で幕内力士となり、21歳で横綱へ昇進、在位63場所は白鵬に抜かれるまでダントツ1位でした。

同時期に大関・貴ノ花や横綱・千代の富士などの人気力士がおり、北の湖が負けると歓声が上がり、勝つと座布団が舞うことも・・・。

ただ、相撲一筋な真面目さを評価するファンも多かったのです。

第4位:白鵬

記録を次々と塗り替え、実績ナンバーワンの平成の大横綱、異次元の数字を記録し、現在も更新中です。

白鵬の記録については、朝青龍の引退が早かったこと、白鵬のライバルとなる力士がなかなか現れなかったからだなどと言われもします。

それでもこれだけの記録を残すことは並大抵ではありません。

相撲界の不祥事が続き、相撲人気が下落してしまった時、1人横綱として角界をひっぱり、盛り上げるために相撲の発展に真摯に取り組んでいました。

横綱の品格うんぬん言う輩もいますが、相撲界があの苦境を乗り超えることができたのは、白鵬が横綱だったからです。

それだけでも白鵬は最高の横綱だと言ってもいいと思っています。

第5位:貴乃花

数々の最年少記録を持つ貴乃花は、兄・若乃花とともに、平成初期に「若貴ブーム」を起こしました。

優勝回数は22回、同時代に活躍した曙や武蔵丸といった体の大きな外国人力士と互角に戦い、相撲を盛り上げました。

前頭筆頭の地位で横綱千代の富士と対戦、金星を勝ち取って、千代の富士を引退に追い込んだことは有名です。

正面から当たって4つに組み、寄り切る、いわゆる横綱相撲で勝利を積み重ねていきました。

 

最強の大関とは?


出典:http://daresore.hatenablog.jp/

最強の大関は?と言うと必ず最初の名前が出るのが魁皇です。

最強と言っても結局は横綱になれなかったということなので微妙ではありますが・・・。

魁皇は生涯成績が1047勝700敗158休、幕内優勝が5回、幕下1回、三段目1回と数字だけであれば横綱級です。

勝利数が1000勝を超えているのは、魁皇のほかは千代の富士と白鵬ですから、どんなに強かったのかが想像できると思います。

大関として11年土俵に上がり、在位は65場所を数えます。

では、何故魁皇は横綱になれなかったのでしょうか?

『2場所連続優勝又はそれに準ずる成績』これが、相撲協会が定める横綱昇進の条件です。

優勝後の完全な綱取りが4場所あり、内3回が負け越しや途中休場で失敗しています。

あとの1回が2004年の11月場所です。

9月場所を優勝し、綱取りが期待されたのですが、12勝3敗で準優勝となりました。

準優勝は優勝に準ずる成績ではないか?と物議を醸しましたが、結局、昇進には至りませんでした。

また、準優勝後の「ハイレベルな優勝をすれば横綱昇進の可能性あり」という綱取り場所が5回ありました。

そのすべてにおいて、横綱昇進の条件を満たすことができなかったのです。

 

その後は休場、カド番を繰り返し、ハチナナ大関(8勝7敗で辛くも勝ち越すこと)などと揶揄されることもありましたが、一度も関脇へ陥落することなく2011年まで大関として土俵に上がり続けたのです。

横綱にはなれませんでしたが、もしなっていたら短命で終わっていたのではないか?大関だったからこそ、長く相撲を続けることができたのではないでしょうか。

そう言った意味でもやはり、魁皇が史上最強の大関と言えるでしょう。

史上最強の関脇、小結、平幕力士とは?


出典:http://sports.geocities.jp/

平幕最強力士・旭天鵬

最高位が関脇の旭天鵬に対して平幕最強という言葉は失礼かもしれません。

ただ、旭天鵬と言えば、2012年5月場所の平幕優勝が印象的です。

37歳8ヶ月という年齢での優勝は優勝制度が制定されてから史上最年長記録となり、やはり平幕の最強というと旭天鵬以外には思い浮かびません。

平幕の在位数は84場所と現在第1位、40歳まで土俵に上がり続けた旭天鵬は「角界のレジェンド」とも称されています。

旭天鵬は最強と言われるのは長く相撲を続けたとか、最年長優勝を果たしただけではありません。

モンゴル人力士の一期生として後から来日する後輩達から慕われ、また、弟弟子たちからも尊敬され、人格も優れているからこそ最強と言えるのではないでしょうか。

最強の小結・高見山

小結というのは、なかなか不安定な地位で、狙って就ける地位ではありません。

小結で居続けるのはとても難しいことなのです。

何故なら小結で勝ち越しすると関脇になり、負け越すと平幕へ逆戻りするからです。

その小結の地位で通算在位19場所の記録を持つのが高見山です。

高見山は幕内で一度だけ優勝していますが、これは平幕優勝、小結の番付で優勝するは実にレアケースです。

当時、高見山は初めての外国人関取として注目されました。

相撲は国技だから外国人を受け入れるべきではないと外国人差別を受けることもあったようです。

しかし、高見山は「外人差別は一切感じなかった」と話しています。

そんなところも高見山が人気があった理由かもしれません。

長く相撲を取ることにこだわり、幕内在位は97場所で当時の最長記録を更新、幕内連続出場は1231回で歴代1位となっています。

金星12個は歴代2位、三賞も11回受賞しており、大物喰いと言われました。

高見山は外国人力士としての珍しさだけでなく、数々の記録を作った力士と言えるでしょう。

最強の関脇・琴錦

関脇以下で2回優勝した力士は何人かいますが、大関に上がれなかったのはこの琴錦ただ一人です。

琴錦が最強の関脇と言われる所以は三役在位34場所という記録でしょう。

小結が13場所、関脇は21場所で歴代1位です。

三賞も通算18回受賞しており、安芸乃島に次ぐ歴代2位、金星は8個獲得しています。

三役の地位での横綱戦を含めると、17勝(2不戦勝含む)を数え、大関には通算57勝しています。

大関には昇進できませんでしたが、大物喰いだったこともファンに最強の関脇というイメージが残っているのではないでしょうか。

 

格闘技の最強は相撲説について


出典:https://hmsk.link/

相撲以外にも世界には多くの格闘技が存在します。

どの格闘技が最強なのか?ということが論議されたりしますが、はたして相撲は最強格闘技なのでしょうか?

元々、プロレスという格闘技があり、相撲やレスリング、柔道などの出身の選手たちが戦いを繰り広げていました。

90年代になると、K1やPRAIDEなどの総合格闘技が人気となり、世界から様々な異種格闘技の選手達が参戦するようになります。

この総合格闘技に参戦したのが元横綱・曙です。

しかし、曙は思ったような活躍をすることができませんでした。

結果的にそれが、相撲の評価を下げてしまった感があります。

ただ、技の数が豊富で、フィジカルでも優る力士が立ち合いでものすごいスピードでぶつかりあう力士の持つパワーはやはり格闘技の中で最強ではないかと思います。

また、力士の大きな体は脂肪ではなく、筋肉の鎧をまとっていると言われます。

実際、力士の体脂肪率は一般の人と同じ、もしくは低いくらいです。

力士はただ「デブ」ではないのです。

 

近年、モンゴル相撲出身の力士達が、次々と横綱になっており、モンゴル相撲が相撲を上回っているのではとも言われています。

しかし、モンゴルだけでなく世界各国から相撲に挑戦する人がいるということは、相撲は世界最高峰の格闘技ということになるのかもしれません。

 

相撲の最強技とは?


出典:http://sumo-rikishi.com/

相撲の決まり手は82手ありますが、その中でもっとも最強の技とは何なのでしょうか?

観戦する側の印象とか思い入れで感じ方も違うとは思います。

中でも技を掛けた側に絶対的な能力が必要とされる技を紹介します。

鯖折り

相手の腰の両廻しまたは、体を両手で強く自分の方に組み止めて相手の動きを封じこめ、相手にのしかかるように押さえつけ、相手の膝を土俵に付かせる技です。

21世紀になってからは十両以上で、2001年5月場所で旭天鵬が海鵬に決めたのみというレアな技です。

長身の力士が得意な傾向があり、有名なのは1986年5月場所での北尾対小錦の取り組みです。

当時勢いに乗り大関昇進を目指していた小錦が取り直しの末、北尾の鯖折りで敗れてしまいました。

その時、両者の体重(400キロ以上)が小錦の右足の膝にのしかかり骨折、翌日から休場を余儀なくされます。

この怪我がなかったら小錦は横綱に昇進したのではないかとまで言われています。

過去にも鯖折りによって負傷し、そのまま引退する力士もいたことから、最強の技というよりは最も危険な技と言えるでしょう。

呼び戻し

四つ身に組んだときに、強引に相手の差し手を引っ張り込み、相手の体が浮き上がったところを素早く差し手を返し、突き出しながら引っ張り込んだ方へひねり倒す技です。

俗に仏壇返しとも称され、大相撲の中でも最も豪快な技の一つとされています。

初代若乃花はこの仏壇返しの使い手と知られており、その甥横綱貴乃花も剣晃相手に鮮やかに決めたことがあります。

また、横綱白鵬が2013年9月場所の宝富士に対し、幕内では16年ぶりとなる「呼び戻し」を決めています。

まとめ

世代によって最強の力士というのは、思い入れもあって違うのではないかと思います。

数字で見ても、記録だけが力士の強さを証明するものではありません。

同時期に相撲をとったライバルの顔ぶれでも記録は変わってきます。

現段階では、記録的に白鵬が最強ということになりますが、記録ではなく記憶に残る最強力士が現れ、不祥事続きの相撲界の救世主となってほしいものです。



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