相撲 高安の出身地は?高安はハーフ?

平成29年7月場所に大関へ昇進した高安。幕内初優勝、そして横綱への昇進が期待されています。

今回は、高安の出身地やプロフィール、人気の理由などを解説したいと思います。

 

高安の出身地は?


出典:https://www.iza.ne.jp/

プロフィール

本名:高安 晃

四股名:高安 晃

生年月日:平成2年(1990年)2月28日

身長:187センチ

体重:182キロ

BMI:54.95

所属部屋:鳴戸部屋→田子ノ浦部屋

出身地

高安はその風貌から沖縄出身ではと思っている人も多いようですが、父が日本人、母がフィリピン人という家庭に生まれました。

出身は茨城県土浦市で、高安が生まれた当時、両親は水戸でエスニック料理店を経営していたそうです。

小さい頃は、音楽教室でピアノを習っていたこともあるとか、あまりイメージが沸きませんね。

ただ、力士の中でも歌がうまいと評判高い高安ですから、子供の頃から音楽が好きだったのかもしれません。

小学生の頃は野球少年でリトルリーグに所属、中学に入ると野球部へ入り、中堅手として活躍しました。

中学卒業後の進路に迷っていた時に、父親から相撲界入りを勧められ、最初は嫌がっていたものの、最終的には「身一つで稼ぐほうが性に合う」と結論を出し、鳴戸部屋へ入門することになったのです。

 

ハーフの力士は?


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高安が日本とフィリピンのハーフ、顔立ちや毛深い身体からも日本以外の血を受け継いでいるように感じます。

近年、スポーツ界でもハーフの選手が大活躍、日本人が持ち得ない身体能力を生かし、新しい風を起こしています。

相撲界では、昭和の大横綱・大鵬も父親がロシア人のハーフでしたが、現在、高安のほかにハーフの力士がいるのでしょうか。

●舛乃山(平成29年7月場所より舛ノ山より改名)

フィリピン生まれの舛乃山は母フィリピン人、父日本人のハーフです。

生後1年足らずで千葉県へ転居、幼少の頃からわんぱく相撲で活躍していました。

両親の離婚でフィリピンへ帰国するも、力士になるため、再来日。

けがと心臓病と戦いながら入幕を果たし、前頭西4枚目まで番付を上げました。

しかし、相次ぐ膝のけがで負け越しや休場が続き、序ノ口まで番付を下げてしまいます。

序ノ口優勝から少しずつ番付を上げ、現在は幕下の中盤で土俵に上がっています。

心房中隔欠損の疑いのため、一時は「20秒しか戦えない力士」と言われましたが、呼吸法に原因があったことが判明。

現在は呼吸法に工夫を凝らし、スタミナ難は徐々に改善されているようです。

ファンの多い力士ですから、けがと向き合いながら、再入幕を目指して欲しいと思います。

●御嶽海

長野県木曽郡上松町出身の御嶽海、両親は父が日本人、母がフィリピン人のハーフです。

ご両親の年の差は20歳で、お母様が20歳の時に結婚されたとのこと、お母様はかなり美人なんだとか。

そう言われると、御嶽海は目鼻立ちがはっきりしていてどこか日本人離れしますよね。

 

入門前の御嶽海は、大学時代に数々の学生横綱、アマチュア横綱の個人タイトルを獲り、幕下10枚目格付出の資格を得るも、

プロ入るする意向はなかったそうです。

アマチュア相撲の強豪・和歌山県庁への就職が内定していたのですが、出羽海親方から説得され入門を決めたとのことです。

当初は相撲界入りを反対していたお母様ですが、今は応援してくれているのだとか。

今や三役の常連となり大関の有力候補となった御嶽海、大関獲りに挑戦して、ご両親を喜ばせてほしいですね。

●貴源治・貴公俊兄弟

双子としては初の関取として注目された貴源治・貴公俊兄弟でしたが、3月場所中に兄の貴公俊が暴力事件を起こし、いらぬところでも注目されてしまいました。

双子の兄弟は栃木県小山市に生まれ、父日本人、母フィリピン人のハーフです。

お母様は、双子の父親とは離婚、継父が相撲界入りを勧めたそうで、中学卒業と同時に貴乃花部屋へ入門しています。

2人は一卵性双生児のためとても似ていますが、唇の右上にほくろがあるのが、兄の貴公俊です。

平成28年の夏巡業から29年の春巡業まで、兄弟で初っきりを担当し、双子らしい息のあったところを見せていました。

ちなみに初っきりというのは相撲の禁じ手を面白おかしく紹介する巡業の人気の見世物です。

事件後、両親を心配させたと思いますので、初心に戻って頑張ってほしいですね。

●マービンJrさん

芸人のマービンJrさんは元力士、心臓の病気のため平成20年9月場所限りで引退しています。

最高位は幕下18枚目です。

マービンJrさんは父アメリカ人、母日本人のハーフ。

わんぱく相撲で活躍し、その風貌から「下町の曙」と呼ばれていたのだそうです。

高校は相撲の名門、埼玉栄高校へ進学、1つ上の先輩には大関・豪栄道がいます。

卒業後は追手風部屋へ入門、大翔勇の四股名で初土俵を踏みます。

序二段、三段目で優勝決定戦まで進出を果たすも優勝は逃しています。

2年ほどで引退したマービンJrさんに対し、豪栄道は「もし相撲を続けていたら、最低でも幕内、もしかしたら三役も」と高く評価していたそうです。

 

高安の大関昇進


出典:https://www.asahi.com/

入門当初、脱走の常習犯だった高安ですが、大関まで昇進するほどまで成長しました。

高安によれば、平成18年に父の栄二さんが腎臓がんを患い、経営していたお店を手放したことが転機になったようです。

「父親の望むことは相撲で大成すること」と、結果を出し、喜んでもらいたいという気持ちが強くなり、相撲に精進、番付が上がっていきました。

平成22年9月場所で幕下優勝、11月場所で新十両昇進を果たします。

平成23年7月場所で新入幕を果たし、平成25年1月場所で初の三賞(敢闘賞)を受賞、翌3月場所は初金星を獲得します。

同年9月場所で初三役へ昇進、平成28年7月場所からは三役を維持できるまで力をつけてきました。

11月場所で最初の大関獲りに挑戦するも7勝8敗で負け越しとなり失敗となりました。

翌29年の5月場所で再挑戦し大関昇進を果たし、「大関の名に恥じぬよう、正々堂々精進します」と力強く口上を述べました。

口上として選んだ理由として高安は「大関になるにあたって、しっかりそれを自覚して、自分の覚悟として、こういう言葉を選びました」とコメントしています。

 

高安の人気の秘密は?


出典:http://shop.kokugikan.jp/

人気グッズ

力士のグッズの売れ行きは人気のバロメーターです。

やはり、同部屋の横綱・稀勢の里のグッズが一番人気がありますが、大関へ昇進してからは高安のグッズも売り上げが好調のようです。

中でも、定番の人気アイテム・力士の似顔絵湯のみは、ほっこりとする高安の絵柄が可愛いと女性に好評で、大人気なんだとか。

お土産として何個も購入する人もいるようで、思わず笑ってしまうほど、高安にそっくりの似顔絵、人気があるのも分かりますね。

毛深い身体が女性に大人気!

高安の身体にはいつも砂がついているのか?と思うほど、黒い毛で覆われています。

一般的に毛深い男性は不潔に見えるとか、チクチクするなどの理由から苦手という女性が多いのですが、高安は「毛深いから」という理由が人気の理由のひとつなのです。

「部分的ではなく、みっしり生えているので個性的」

「笑うとなんとも言えない愛くるしさがあり、クマのぬいぐるみみたい」という意見もあるようです。

男性も脱毛する時代ですから、毛深いのがいいという女性がいるというのはびっくりですね。

ただ、高安に限っては個性として、また相撲に真摯に取り組む姿勢などから好感がもたれているのかもしれません。

 

高安の改名はあるのか?

現在も本名を四股名としている高安ですが、今後改名する可能性はあるのでしょうか。

本名のまま横綱へ昇進した力士は?

本名のまま横綱まで昇進したのは第54代横綱の輪島だけです。

輪島は入門当時、「輪島 博」(わじま ひろし)で相撲を取っていましたが、大関昇進時に下の名前の漢字を「大士」に変更(読み方はひろし)しています。

石川県七尾市出身で、同じ能登半島には輪島塗で有名な輪島市があるため、ご当地に因んだ四股名になるのではないかという考えから輪島のままだったようです。

現在四股名が本名の力士

実は、昭和63年(1988年)の師匠会で、四股名には十両昇進者には本名でないものをつける申し合わせがされたそうです。

厳格なルールではないものの、関取になるまでに名を変えるケースが多くなっています。

現在は、高安のほか、遠藤や石浦、正代、宇良、里山といった力士が本名を四股名としています。

この中で、遠藤は三役に昇進したら改名するのでは?と言われていました。

5月場所で新三役となりますが、改名はしないそうです。

遠藤の師匠・追手風親方は「(新三役では)改名はしない。認知もされているし、遠藤でいく。まだ先もあるわけだし」
とコメントしており、いずれ改名する可能性がありそうです。

また、現在、けがで休場が続き幕下まで番付を下げてしまった宇良は、自身の意向で改名する意向はないようです。

逆に石浦は、本人が改名を希望しているようですが、後援者とかが石浦で売り込んでいるため、改名を了承してくれないとか。

個々にいろいろな理由があって本名のまま相撲を取っているようです。

高安が改名しない理由

高安には過去に改名のタイミングがありました。

それは、平成23年7月場所で新入幕を決めた時で、先代の師匠(鳴戸親方)が高安の四股名を考えていたそうです。

兄弟子の稀勢の里も、新入幕を機に本名の萩原から変わっています。

ただ、高安の父栄二さんが「『高安』の名は、いまや高安家の誉れ。親戚も喜んでいるし、これからも高安の名を広めてほしい」と申し入れがあり、本人も「父の願い。先代師匠にも了承していただいたので」と高安のまま、横綱を目指す決意のようです。

まとめ

大関に昇進はしたものの、未だ優勝はなし、現時点では結果を残すことができていない状態です。

初の平成生まれの関取として注目された高安ですが、初の平成生まれの大関は照ノ富士に先を越されてしまいました。

しかし、初の平成生まれの横綱には最も近い存在なのは間違いありません。

兄弟子・稀勢の里を追いかけ、いつか肩を並べてみたいと話す高安ですが、追いつき、追い越せで、2人目の本名の横綱になってほしいものです。

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