相撲 イケメン力士寺尾の現在 寺尾の兄弟は誰?

かつて女性人気ナンバーワンのイケメン力士と言われた寺尾ですが、現在はどうしているのでしょうか?

今回は、寺尾の昔と今についていろいろと調べてみました。

 

寺尾とはどんな力士?


出典:http://aganism.com/

プロフィール

現役時代の四股名:寺尾節男→源氏山力三郎→寺尾節男→寺尾常史

本名:福薗 好文(ふくぞの よしふみ)

愛称:アビ、タイフーン

生年月日:昭和38年(1963年)2月2日

身長:185cm

体重:116kg

出身地:鹿児島県姶良市(姶良郡加治木町)

愛称「アビ」がどうして付いたのか想像できない人も多いと思います。

井筒部屋に外国人の見学者がやってきた時に寺尾を見て「a baby」と言ったところ、兄たちが「アビ」と聞き違え、そのまま愛称として定着したのだそうです。

力士としての戦歴

昭和54年(1979年)7月場所、寺尾節男の四股名で初土俵、当時に体重は85kgしかなかったそうです。

昭和59年(1984年)7月場所で新十両、四股名を源氏山力三郎に改名します。

しかし、この四股名は1場所だけで、翌場所から元の四股名に戻しています。

昭和60年(1985年)1月場所で十両優勝し、翌3月場所で新入幕を果たすも、6勝9敗と負け越して十両へ陥落してしまいます。

5月場所は2度目の十両優勝で1場所で幕内に返り咲き、平成12年(2000年)5月場所まで93場所幕内に在位し、幕内出場1378回、幕内連続出場1063回はすべて歴代4位となっています。

平成14年(2002年)9月場所で十両東11枚目の番付で5勝8敗2休の成績に終わり、翌場所幕下陥落が決定的となり現役を引退しました。

イケメン力士

小気味のいい突き押し相撲と、回転の早いつっぱりで観客を魅了し、関脇110場所務めるなど、23年間にわたって土俵を沸かせた寺尾。

相撲界では珍しい甘いマスクと細身で均整のとれた身体で女性に大人気で会場では黄色い声援も多かったです。

当時は若貴ブームが起き、弟の貴花田(現貴乃花親方)もイケメン力士として女性に人気がありました。

18歳の貴花田との初対戦で負けた寺尾がさがりを叩きつけて悔しさを露にしたエピソードはとても有名です。

見た目の美しさに加え、相撲に取り組む姿勢や情熱的な相撲っぷりなどが、女性ファンだけでなく相撲ファンにも人気があった理由ではないでしょうか。

四股名・寺尾

四股名の寺尾は、高校2年の時に亡くなったお母さんの旧姓です。

そのお母さんから「相撲取りになってほしい」と告げられたことで、お通夜の晩に父親(井筒親方)に入門の意思を伝えて、そのまま高校を中退して角界入りしたそうです。

入門時に名乗った寺尾節男は、母の旧姓と、名前(節子さん)から取ったもので、思い入れがとても深い名前だということが感じられます。

 

寺尾の現在


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相撲部屋開業

現役を引退した寺尾は、年寄・錣山を襲名、井筒部屋の部屋付き親方となっていましたが、平成16年(2004年)1月に2人の内弟子を連れて分家独立、錣山部屋を創設しました。

相撲部屋を開業当初というのは、弟子を集めるのが大変と聞きますが、錣山親方の場合は、現役時代に人気力士だったこともあり、創設1年で所属力士が10人を超えました。

現在は19人の力士が所属しています。

錣山部屋の力士たち

平成18年(2006年)1月場所で豊真将が新十両へ昇進、部屋史上初となる関取が誕生しました。

平成25年(2013年)7月場所には青狼が新十両、平成27年(2015年)3月場所には阿炎が新十両へ昇進しました。

●豊真将:最高位は小結、けがのため引退を余儀なくされましたが、所作の美しさで人気があった力士です。

相手と呼吸を合わせる土俵の上がり方や、蹲踞(そんきょ)の姿勢、顔の前でかしわ手を打つ塵浄水(ちりちょうず)や、懸賞を受け取る前に切る手刀など、その一つ一つを丁寧に行う豊真将を見られなくなると、引退会見の時には残念に思ったファンは多かったと思います。

引退後は、立田川を襲名、錣山部屋の部屋付き親方として、後進の指導にあたっています。

●青狼:錣山親方がモンゴルまで足を運んでスカウトした青狼は、初土俵から新十両へ昇進するまで9年を要した苦労人です。

平成27年(2015年)9月場所で新入幕を果たすも、2場所で十両へ陥落、平成28年(2016年)7月で再入幕しますが、1場所で十両へ戻ることになってしまい、今も十両で相撲を取っています。

●阿炎:初土俵から本名の堀切で相撲を取っていましたが、平成27年(2015年)3月場所で新十両となり、阿炎(あび)と改名しました。

この四股名には師匠の錣山親方の「阿修羅のように強く、燃えて戦う」という願いが込められています。

錣山親方の愛称と同じ音ということからも、阿炎に対する期待度が感じられます。

しかし、十両を4場所務めた後、1年半ほど幕下へ落ちなかなか十両へ復帰できないでいました。

平成29年(2017年)7月場所で十両へ復帰を果たし、翌9月場所で十両優勝、11月場所は11勝4敗の成績で今年の初場所新入幕となりました。

新入幕で敢闘賞を受賞、5月場所では白鵬から自身初の金星を上げました。

目標は「師匠を超えること」。これからの活躍を期待したいです。

 

相撲一家 寺尾の兄弟は?


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寺尾には兄が2人おり、いずれも力士として活躍、井筒3兄弟と言われていました。 

●長男・鶴嶺山:昭和50年(1975年)3月場所で初土俵、昭和56年(1981年)7月場所にて新十両昇進を果たします。

自己最高位は西十両3枚目(昭和58年7月場所)、平成2年(1990年)初場所で引退しています。

幕内へ昇進できれば、師匠である父の現役名・鶴ヶ嶺を襲名する予定だったようですが、実現することはありませんでした。

引退後は相撲界を廃業、東京の両国で「相撲茶屋 寺尾」のオーナーとなりました。

●次男・逆鉾:高校を中退し、昭和53年(1978年)に本名・福薗の四股名で初土俵、昭和56年(1981年)7月場所には兄である鶴嶺山と一緒に新十両昇進を果たします。

再十両昇進時に、逆鉾と改名、自己最高は東関脇、三役在位は16場所で、関脇が12場所、小結を4場所務めています。

平成4年(1990年)9月場所で引退、年寄・春日山を襲名し、井筒部屋付きの親方となりました。

師匠の定年を機に井筒に名跡変更して井筒部屋を継承しました。

●父・井筒親方(鶴ヶ嶺):自己最高位は西の関脇、幕内在位77場所と通算550勝は当時の最多記録でした(6場所制移行前)。

「もろ差しの名人」と呼ばれましたが、巻き替えも上手かったと言われています。

昭和42年(1967年)7月場所を最後に38歳で引退、年寄・君ヶ濱を襲名し、昭和47年(1972年)に井筒部屋を独立して君ヶ濱部屋を創設しました。

昭和52年(1977年)12月より名称を変更して井筒部屋となり、自身の息子3人をすべて関取に育て上げ、また、霧島を大関まで昇進させる名伯楽ぶりを発揮しました。

 

寺尾の結婚 夫人との馴れ初めは?


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結婚はいつ?相手は?

錣山親方は現役時代の平成7年(1995年)に9歳年上の伊津美さんと結婚しています。

伊津美さんは昭和29年(1954年)、大分県中津市で、高校の美術教師の父と、元高校教師で旅館業を営んでいる母との間に次女として生まれました。

錣山親方と伊津美さんは結婚前に約10年間の交際期間があり、伊津美さんが代官山でブティックを経営していた時に当時十両力士だった錣山親方と知り合ったそうです。

寺尾関(アビさん)、ごくろうさま

錣山親方が現役を引退した時、伊津美さんが「寺尾関(アビさん)、ごくろうさま」というタイトルの著書を出版しています。

料亭の娘として育った伊津美さんは料理も得意で、その健康管理が良かったため、錣山親方が現役を長く続けられたと言われています。

錣山部屋の女将さんとして親方である夫を支えている伊津美さんの愛情がつまった内容になっています。

イケメン力士と結婚できてうらやましいなんて軽々しく思ってしまいますが、力士の妻から部屋の女将さんになるというのは苦労と努力が必要なんだなと思いますね。

寺尾の子供は?

お2人には息子さんがお2人いらっしゃいます。

長男の由布樹さんは昭和52年(1977年)12月21日生まれ、現在40歳で俳優をされているそうです。

錣山親方が現在55歳ですから、15歳の時に生まれた子供?

実は、伊津美さんは再婚で、由布樹さんは連れ子、錣山親方と血のつながりはありません。

芸名を、父の四股名「寺尾 由布樹」としているのは、血以上の親子としての絆を感じますね。

また、次男の晴也さんは平成7年(1995年)生まれで現在大学生、お2人が結婚した時、伊津美さんのお腹にはすでに晴也さんがいたようです。

 

錣山親方がキーマンに!今後の相撲協会


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2017年11月に起こった元横綱日馬富士の暴力事件をきっかけに、何かとワイドショーを賑わすような話題を振りまいている相撲界。

そんな中、錣山親方、立田川親方、湊親方の3名が所属していた時津風一門を離脱を発表しました。

前回の理事選では、一門の枠を超えて、貴乃花親方へ投票しており、2月の理事長選挙を前に、貴乃花一門に合流するのでは?と噂されていました。

しかし、一門には合流せず、貴乃花一門との共闘という形を取り、理事選は貴乃花一門の阿武松親方へ投票、自身は副理事長選へ立候補、兄である井筒親方と戦うことになったのです。

軍配は、井筒親方に上がりましたが、「一歩踏み出せた。意味は大きい」と感想を話しており、今後の相撲協会の行方を占うキーマンになりそうです。

貴乃花親方には弟子・貴公俊の暴力事件の監督責任を理由に厳しい処罰が下され、役職は最下位の「年寄」となりました。

貴乃花親方自身も、一門の会合で貴乃花一門の名称を変更する意向を示したと報道されています。

実際に、どう変えるのかは明らかになっていませんが、貴乃花親方は一門を離れて無所属になる可能性もあるそうです。

その場合、新しい一門ができるのですが、名称は一門の理事・阿武松になるのか、また、錣山親方が貴乃花一門と合流し、錣山一門になるかもしれません。

そういった意味でも、今後の錣山親方の動向から目が離せません。

 

まとめ

角界きってのイケメン力士から、今や、ダンディな親方となった寺尾。

現役時代は相撲を盛り上げてくれましたが、現在も親方となり、目立つ存在であることは間違いありません。

心配なのは、昨年、体調不良で2度ほど場所を休場したことです。

持病の不整脈ということですが、今後もっともっと相撲界を盛り上げる立場として、体調には気をつけてほしいと思います。

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